人間の欲望に対する、人工知能の可能性と限界

情報を操る人工知能・機械学習の専門家は、情報爆発時代とも呼ばれる今の世界をどう見ているのか?1990年代から情報のリコメンデーション技術を追求してきたソニーグループだからこそ語れる、人と情報のかかわり方の未来。そして意外なるエンジニアの哲学的な側面とは。

プロフィール(敬称略)

地引 剛史

地引様

代表取締役社長

東京大学卒業後、NECを経て2001年ソニー入社。ソネットにおいてサービスのプロデューサーを歴任後、経営企画部門にてアドテクノロジーベンチャーへの投資、数々のアライアンスやM&Aを担当する。2013年10月ソネット・メディア・ネットワークスに転籍、代表取締役社長に就任。

山本 則行

山本様

事業開発部部長

早稲田大学大学院理学研究科卒業後、1991年ソニー入社。総合研究所にて新型記憶装置の研究開発後、パーソナライゼーション研究を立ち上げる。テレビ番組やサブスクリプション型音楽サービス等におけるセレンディピティ推薦アルゴリズムの開発を担当し、2011年ソニーMVPに認定される。新規事業プロジェクト活動後、2014年10月同社に転籍。

舘野 啓

舘野様

シニアリサーチャー

東京大学大学院工学系研究科卒業後、2000年ソニー入社。FeliCa事業の開発を3年ほど担当した後、社内募集で研究所に異動。機械学習を応用したパーソナライゼーションやテキストマイニングの研究開発を経て、2014年10月より現職。Web広告配信プラットフォーム『Logicad』の研究開発に従事。

情報爆発の裏で、機会損失や発見欲の衰退に危機を感じる

山本
一般に情報が溢れかえる現代社会と言われますが、実際は情報の機会損失が至るところにあり、欲しい人に欲しい情報が行き渡っていないと感じます。例えば我々開発者がWebをクローリングして情報を体系化しようとすると、知らない情報だらけだと気付きます。つまり、私たちは必要な情報にアクセスできていないのです。開発側として機会損失の実感があるからこそ、「適切な人に、適切な情報を、適切なタイミングで届けたい」という問題意識がずっとあります。
地引
この話を産業に当てはめると、情報の非対称性によって売り手と買い手が上手くマッチングしていないという問題になります。これでは、売り手と買い手の双方に効率が悪いわけです。
山本
人と情報との関係性についてさらに思考を巡らすと、発見欲の衰退という危機意識もあります。例えば美味しいランチを食べたいと思ってグルメサイトを検索する人が、グルメサイトに掲載されていない店にふらっと立ち寄ることはまずありませんよね。実は脇道にそれたら面白いものにいっぱい出会えるかもしれないのに寂しいことです。発見欲が段々と萎えてくることで社会や文化の停滞を危惧しています。

合理性の限界、感情なき出会いをセレンディピティに変える

地引
人と情報との関係性の問題を解決するアプローチには2段階あると考えます。まず目指すところは、悩みや問題を抱えている人とそれを解決してくれる情報や機能的な商品を、人工知能によって合理的にマッチングする世界です。そして次に目指すところは、感情に訴えかけるモノやサービス、体験を、セレンディピティ(素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりすること)を持って提供する世界です。
山本
ソニーグループでは1990年代後半からパーソナライゼーションやリコメンデーションの技術を研究し、テレビ番組・ワイン・本・音楽などの推薦に活用してきた実績があります。現在、当社が注力する広告領域もその延長線上にあり、人工知能を活用できる新たな場を得たという認識です。そしてかつての経験から学んだのは、好きなものばかりを推薦し続けると人は飽きてしまうということです。人間にとってある種のランダムネスは必須です。広告即ち情報との出会いにおいても、ユーザーが求めているものだけを提供すれば良いというわけではないのです。
地引
例えるならば、服を買うときに自分で選ぶと似たような服ばかりになる。ところが、自分では選ばないけれど彼女が薦める服を着てみたら、意外と似合って新しい自分が見つかった。ユーザーにとってかけがえのない出会いを提供したいと思っています。
舘野
そうすることで、社会にダイナミズムをもたらすことができると考えています。情報がちゃんと流れていないために、社会が停滞している部分を壊したいです。

人間について学ばなければ、人工知能に進歩はない

山本
テクノロジーができる行動誘引には限界があります。ただ、確実に「きっかけ」を与えることはできます。適切なタイミングに、きっかけとして刺さる情報を提供する。その先のアクションはユーザーに選んでもらえば良いのです。
地引
情報の接点がPCからスマホにシフトしたことで、人は一層我慢をできなくなってきました。ライトタイミングに、ライトメッセージを出すこと。それがますます重要になっています。その際に必要となるのが、コンテクスト(文脈)の技術です。つまり、機械も空気を読まなくてはいけないということです。子育てをしている奥様はオムツをよく買いますが、今から友達と食事に行くので美味しいものを検索しようとしているときに、オムツのPRをされても嫌でしょう。目的にそぐわない情報が提供されれば人は広告を邪魔なものだと感じ、ブランドに対してもネガティブな感情を持ってしまうかもしれません。
舘野
人工知能がコモディティ化しつつある中で、我々は「人間の欲望にどう切り込んでいけるか」という視点でも差別化していこうと考えています。人工知能・機械学習のエンジニアだからこそ、人間をよく知る意識を持ち続けています。
山本
だからこそ、一緒に働きたい人物像としては、例えば小説を死ぬほど読んでいたり、映画を死ぬほど見たりしてきたような(笑)、人の心を読むことに感度が高い人工知能・機械学習の研究者ですね。ソニーの研究グループでは認知科学などを重視してきたこともあり、社内には何かしらの哲学を持っているようなエンジニアが多いです。その点が我々の強みであり、ユニークな立ち位置であると思います。
地引様、山本様、舘野様

左から順に、舘野 啓、地引 剛史、山本 則行